クモ膜下出血の神経障害
クモ膜下出血で高次機能障害を来している患者をみました。
該当患者はクモ膜下出血発症後、約1週間後に脳梗塞を来していましたが、MRI画像上の梗塞はわずかな部分のみで高次脳機能障害を説明しにくい領域でした。
そこで、クモ膜下出血で神経障害が起こる機序について調べてみました。
クモ膜下出血の神経障害は主に"早期脳障害"と"晩期脳虚血"に分かれるようです。
◆早期脳障害(EBI:Early Brain Injury):出血から72時間以内に発症。頭蓋内圧の上昇と脳全体の低灌流が引き金となり、グリアの活性化、内皮機能障害、びまん性神経炎症、虚血により生じると言われています。実際はクモ膜下出血直後から発症していることが多くの動物実験で示唆されていますが、人体では発症直後は搬送や急性期治療に忙しく詳細な研究が進んでいないようです。
◆晩期脳虚血(DCI:Delayed cerebral ischemia):出血から4-14日に好発。血管攣縮によるものとそれ以外に大別されます。
・血管攣縮:くも膜下腔の血液が溶解する際に発生する痙攣性物質が原因で血管攣縮を起こす考えられています。破裂動脈瘤近傍の血管が攣縮する場合と、破裂動脈瘤から遠い両側大脳皮質下の血管が攣縮する場合の主に2通りあり、別々の機序が考えられています。血管造影上は30-70%の患者で血管攣縮がみられるが、実際症候性の血管攣縮は20-30%であり、無症候性の攣縮も多いようです。
・血管攣縮以外:自動調節機能を失った微小循環機能障害、微小血栓症、皮質拡延性抑圧、遅延型細胞アポトーシスなどにより障害を来すと言われています。以前はDCI≒血管攣縮という考え方が主流でしたが、血管攣縮を軽減することが血管造影所見から証明されているクラゾセンタン(エンドセリン受容体拮抗薬)を用いてもDCIの発症や予後に影響を与えないことから、上記のような血管攣縮以外のDCIの機序の関与が考えられてきています。
DCIの定義も血管攣縮の証明が不要なものに変わっており、クモ膜下出血の動脈瘤閉塞直後には明らかではなく、その後発症した他の原因でも説明できない1時間以上続く局所的な神経障害(片麻痺、失語、失行、半盲、失認など)もしくはGCSの2点以上の低下となっています。画像などの検査で他疾患の除外は検討されますが、定義上は画像での異常所見も不要のようです。
クモ膜下出血後は再出血を防ぐために収縮期血圧160mmHg以内にすることが推奨されていますが、逆に160mmHg以上にした方が脳循環が改善しDCIが起こりにくいのではないかとの文献もあります(人為的高血圧:induced hypertension)。
ただ現状、人為的高血圧がDCI予防に有用であるとするエビデンスは乏しいと"脳卒中治療ガイドライン2021(仮)"の原稿案上に記載があり、Uptodateでは治療のオプションとして紹介されるに留まっていました。
その他、Ca阻害薬であるニモジピンの投与や適切なVolume管理、クモ膜下出血後SIADHへの適切な管理などがDCI予防に有効とされています。Uptodateにはクモ膜下出血患者への低Na血症対処へのプロトコールが紹介されており、クモ膜下出血以外のSIADH以上に気を使った管理が必要になりそうです。
クモ膜下出血の神経障害は、その機序から対処法まで知らなかったことが多く、とても勉強になりました。
【https://www.jikeimasuika.jp/icu_st/170822.pdf】
【https://kk-public-comments.jp/stroke2021/manuscript/index.html】
養護老人ホームと救護所
"養護老人ホーム"に入所している方が入院してきました。
退院後はそちらに戻りたい希望があり、どのような施設か知らなかったので調べてみました。
基本的にはADLが自立している65歳以上の高齢者が、自宅生活困難になった場合に入所できる施設のようです。
自宅生活困難になる理由は経済的貧困が多いとは思いますが、虐待など様々な理由があるようです。
住民票のある市区町村の窓口などで申請ができ、入所可と判断されたら収入に応じた格安な金額で在住することができます。
【https://mitte-x-img.istsw.jp/roushikyo/file/attachment/303138/(yougo)pamphlet.pdf】
ただ最近は介護サービスを行える養護老人ホームも増えてきているようで、施設ごとに守備範囲は異なるようです。
【https://www.fukushishimbun.co.jp/topics/19781】
高齢者は上記のような施設がありますが、若者にも一定数ホームレスなど自宅生活困難な方がいます。
そのような方が対象になる施設がないか調べてみましたが、"救護施設"というものがあるようです。基本的には生活保護受給者が対象になるので入所には申請が必要になります。こちらは高齢者も入所可能で、現状半数以上の入居者が高齢者のようです。
【http://www.zenkyukyo.gr.jp/institut/institut.htm】
そして、自立した日常生活を送ることができると判断された場合は、公営住宅や低賃金の民間賃貸住宅への入居を支援するようです。
【https://www.city.himeji.lg.jp/bousai/cmsfiles/contents/0000015/15512/shiryou4.pdf】
時々ホームレスの方が救急外来に搬送されたりするのですが、社会福祉士に相談だけして丸投げしてしまうことが多かったので、その後の道筋のイメージをつかむことができて良かったです。
白内障術後眼瞼下垂
脳梗塞で受け持った患者に眼瞼下垂があり、はじめは脳梗塞の影響だと思っていたのですが、健側だし脳梗塞以前からあったとのことでした。
詳しく聴くと、白内障術後から眼瞼下垂が起こったようで、調べてみると白内障手術の手技で術後眼瞼下垂を起こすことがかなりの頻度であるようです。
【http://www.arita-ganka.jp/information/detail/masterid/72/】
眼球の手術時にはまぶたが閉じてこないように開瞼器を使うことが一般的なのですが、この力が強すぎると上眼瞼を上げる働きをする眼瞼挙筋や挙筋腱膜を伸ばしてしまうことがあり、術後眼瞼下垂になることがあるようです。
【http://midori.takayamaganka.com/usr/pc/symptom15.php】
眼瞼下垂は基本的に上眼瞼が瞳孔(黒眼の部分)に及んでいるか否かで判別します。
後天性眼瞼下垂の場合、原因としては上記のような腱板性眼瞼下垂や、重症筋無力症や動眼神経麻痺などの神経因性眼瞼下垂などがありますが、ただ眼瞼の皮膚が加齢などにより緩んでいるだけの偽性眼瞼下垂もあるので要注意です。
胸部X線で肺の膨らみを評価する
時々胸部X線をみながら、この肺は膨らんでいないとか、含気不十分という会話を聞きます。何をもとに指導医がそう判断しているか、知識があやふやだったので調べてみました。
基本的に肋骨と横隔膜の交差する高さでおよそ見当がつくようです。
正常の場合、右横隔膜が第10肋骨の後ろ側と鎖骨中線辺りで交差し、それから上下半肋間程度 は正常範囲のようです。そして左の横隔膜は右の横隔膜と同じ高さから1肋間程度の下程度の高さが正常であると言われています。
この辺は長尾先生のブログがとても分かりやすくまとまっているので良かったらご参照ください。
【http://tnagao.sblo.jp/article/186390835.html】
ちなみに含気不良の方をみた時は色々なことが類推できます。
◇深吸気ができなくて含気不良な人
・深吸気が症状の増悪因子となる人(胸膜炎、Fitz - Hugh ‒ Curtis 症候群、横隔膜周囲膿瘍など)
◇深吸気しても含気不良な人
・横隔神経麻痺(患側の横隔膜が挙上します)
・座位(腹腔内臓器が横隔膜を押し上げます)
胸部X線で肺の含気も評価してみると、時に思いがけない発見があるかもしれません。
心原性脳梗塞に制酸薬?
心原性脳梗塞に直接経口抗凝固薬とともにプロトンポンプ阻害薬(制酸薬)が開始となっている症例をみました。
ストレス潰瘍予防に処方しているのかもと思い調べてみましたが、該当患者に当てはまるリスク因子はありませんでした。
アテローム性脳梗塞やラクナ梗塞などでは抗血小板薬を使うため、胃潰瘍予防によく処方しますが心原性脳梗塞の場合、ストレス潰瘍予防が考慮されるほど重篤な状態であったわけでもなければ、基本的に制酸薬は不要だと思います。
逆にプロトンポンプ阻害薬は肺炎やC.difficile感染症のリスクを増やすなど負の側面も注目されてきており、安易な処方は慎むべきです。
下記がストレス潰瘍と制酸薬についてよくまとまっているので参考までにご紹介。
【http://www.marianna-u.ac.jp/dbps_data/_material_/ikyoku/20170207Yoshida.pdf】
特定機能病院と回復期リハビリテーション病院の連携
医療機関の役割分化のため、基本的に特定機能病院は急性期医療に集中する目的で回復期リハビリテーションを開設できないことになっています。
【https://www.pt-ot-st.net/contents4/medical-treatment-reiwa-2/2245】
しかし、病院を別にすれば問題ないようです。
今月から赴任した職場は、特定機能病院から徒歩数分の所に同一経営母体の回復期リハビリテーション病院があります。
カルテも同一でお互いの病院からお互いの患者カルテがみれ、実際にお互いにベッドサイドに様子をみにいくこともでき、リハビリをしていて有事は特定機能病院での検査、専門医受診、入院戻りなどがスムーズにできるようになっています。
この結果、回復期リハビリテーション病院は最低限の設備投資で安心してリハビリテーションを行うことができます。
前の勤務先も特定機能病院でしたが、患者の回復期への転院先をみつけるのに難渋することが多く、いつも社会福祉士が苦労して模索・交渉していた記憶があります。
急性期病院が関連の回復期リハビリテーションを持つこのシステム、連携上メリットがとても大きくて良いと思いました。
片耳に声が響く? 耳管開放症の病態生理
最近自分がよくなるのですが、ある時不意に片耳がくぐもって声が響くようになります。何だろうと思って調べてみたら、恐らく耳管開放症でした。
今回は耳管開放症について勉強したことを共有していきます。
耳管は中耳腔と上咽頭(鼻咽腔)をつないでおり基本的に安静時は閉鎖していますが、嚥下時には生理的に短時間開きます。耳管には、口蓋帆張筋、口蓋挙筋、鼓膜張筋、耳管咽頭筋の4つの筋が隣接しており、この中の口蓋帆挙筋や口蓋挙筋は嚥下時に収縮し軟口蓋を上げることで食物が鼻咽腔に入るのを防いでいますが、同時に耳管を開放する作用を持っています。
※口蓋帆挙筋や口蓋挙筋の解剖は下記参照。
【https://funatoya.com/funatoka/anatomy/spalteholz/J681.html】
よく飛行機などで急に高度を上げたときに両耳がくぐもる現象に遭遇すると思うのですが、あれは高度が高い方が空気が薄く気圧が低いので、鼓膜内外の圧較差により鼓膜に外向きの力が加わるからです。よく唾を飲んで対処するように教わると思いますが、そうすることで口蓋帆挙筋や口蓋挙筋を収縮させ、耳管を開口させて鼓膜の内外の気圧を同じにしています。
この耳管の開口が嚥下時と関係なく起こってしまうのが耳管開放症です。
音は空気の振動なので、自分の声も開放した耳管を通って直接中耳に運ばれるため、自部の声響いて聞こえたり(自声強聴)、自分の呼吸音が大きく聞こえたりする現象が起こります。
耳管の開口部が鼻咽腔にあるので、特に鼻声となる「ナ行」「マ行」「ン」が響きやすいと言われています。アルファベットでは"m"と"n"ですね。
耳管開放症になる原因としては、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎、咽喉頭酸逆流症(逆流性食道炎で胃酸逆流が咽喉頭まで及んだ状態)などの長期の炎症により耳管粘膜が萎縮し起こる事や、体重減少、筋萎縮、脱水症などが背景因子として示唆されています。
自分は減量中や運動後によくなるので、恐らく体重減少や脱水が関与していそうです。
ちなみに耳管拡張症は体位の影響を受け、座位や立位で誘発・増悪、臥位や前屈位で改善・消失することがあります。これは、耳管近傍の翼突筋静脈層が体位変換により容量を急速に変化させるためと言われています。
下記参考文献の診断基準案などにも体位変換の影響は記載されており、診療上の参考になります。
治療に関しては、自分を含め一過性で終わることも多いですが、長引いたり繰り返したりする際は介入が検討されます。
原疾患がある方はその治療の他、生理食塩水点鼻(点鼻後患側が下になるよう体位変換することで耳管に生食を流下させる)による耳管閉鎖、漢方薬(末梢血流増加作用のある加味加脾湯など)などの保存的治療や、シリコン製の耳管ピンを挿入したり、耳管をバルーンで拡張したりする外科的治療があります。
耳管も調べてみたら奥が深いですね。
以上、参考になれば幸いです。
※下記参考文献です
【https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/120/7/120_946/_pdf】